Sonosが贈るヘッドホンのデビュー作「Sonos Ace」は、良質サウンドとミニマルデザインを纏うノイズキャンセリングヘッドホンです。国内では2024年夏の発売からヒットを続けていますが、その理由はやはり色付けのないサウンドが大きいでしょう。そこで、公開されていない音響技術の情報などを伺うべく、スコットランドのラボに務めるエンジニアにインタビューを敢行。日本では初公開となるドライバー設計についても詳解していきましょう。
CONTENTS
・躍進するスピーカーメーカーが本気で開発したヘッドホン
・100名を超える人が集まり、分野ごとに研究・開発
・3層ラミネート構造の振動板。制作者との連携で音を決める
・クリエーターが音を監修
・細部まで丁寧に設計したから超強力な消音性能を実現した
・音楽・映像作品を引き立てる低歪でフラット、王道の音
・SPEC
- Sonos
「Sonos Ace」
¥59,800(税込)
躍進するスピーカーメーカーが本気で開発したヘッドホン
Sonos(ソノス)をご存知でしょうか。ポータブル系のみならず全方位に興味津々なオーディオファンであれば、最近よく耳にするブランドと認知しているはずです。そう、Sonosは米カリフォルニア発祥のオーディオ機器メーカーであり、サウンドバーやスマートスピーカーで一躍名をあげました。他社に先んじてApple Musicと連携するなど、先駆的な活動の面でも注目株です。
そのSonosが、初のヘッドホン製品「Sonos Ace」を発表、話題を集めています。音響機器は人の心へ直接訴えかけるプロダクトなだけに、長い時間をかけ知見を積み重ねることで音と機能を磨きあげていくものですが、彼らはブランドの勢いにくわえてM&Aという合理的な手法を採用しました。スコットランドのイヤホンブランド・RHAと、Bluetooth関連技術で知られるT2 Softwareの買収により、開発ペースを一気に加速させたのです。
とはいえ、Sonos Aceの開発に要した期間は3年。試行錯誤を繰り返すには十分な年月であり、“にわか”という批判は当たりません。しかも初めて手掛けるカテゴリの製品とは思えないほどの完成度、むしろ今後の製品展開に期待が高まります。そこで、Sonosでシニア・プロダクト・マネージャーの任にあるColumn Fraser(コラム・フレーザー)氏にメールインタビューを敢行、Sonos Aceの開発にあたり彼らが意識したこと、工夫したこと、世間に知られていない開発風景について訊きました。
- インタビューした方
Colum Fraser(コラム・フレーザー)氏
Sonos
Senior Product Manager
グラスゴー大学で数学と政治の修士号を取得した後、ヘッドホンのスタートアップ企業でマーケティングと商品企画に従事。2021年にソノスに入社し、ヘッドホン部門のシニア・プロダクト・マネージャーを務めています。
100名を超える人が集まり、分野ごとに研究・開発
最初に訊いたのは、開発チームの詳細情報について。ブランド初のヘッドホン製品であるにもかかわらずこの完成度、これまでメディアには語られていないあれこれがあるに違いありません。
フレーザー氏によれば、ヘッドホンを専門に手掛けるチームは100名を超えるとのこと。エンジニアのほかデザイナー、ソフトウェア開発者、サポート・チーム、コンテンツ・クリエーター、サウンドエキスパートといった専門スキルを持つメンバーで構成され、米国のほか英国、中国に分散しているといいます。この情報だけでも、Sonosのヘッドホンにかける意気込みが伝わってきます。
開発に3年を要したことについては、直接の回答はなかったものの、担当分野ごとにラボが設けられ、それぞれ職掌に応じた開発を進めているのだそうです。具体的には、アコースティックな部分の開発とテスト、空間オーディオ、工業デザイン、UX/ユーザーインターフェイスの検証、ソフトウェア開発、ハード/ソフト両面の検証など多岐にわたるのだそう。確かに、それだけの規模の開発プロジェクトをまとめあげ、M&Aで増えた部門をアサインすれば、3年という期間はむしろ短いのかもしれません。
- Sonosは米国カリフォルニア州サンタバーバラ発のブランドです。2002年の創業以来、Wi-Fiネットワークを用いたワイヤレス再生やマルチルーム再生に力を入れるなど、先進的なスピーカー開発で世界に名を知られています。
3層ラミネート構造の振動板。制作者との連携で音を決める
質問を各論へ移しましょう。まずはヘッドホンの魂ともいえる振動板、どのような素材をどのような意図で採用したのか、ヘッドホンファンとしては気になるところです。振動板の素材には、2つのPEEK層でTPU(熱可塑性ポリウレタンエラストマー)を挟んだ3層ラミネートを採用。ドライバーは密閉されたリア・キャビティに直接固定され、外部につながるベントで調整することにより、望ましいレスポンスを実現しているといいます。直径40㎜という口径は、彼らが目指すサウンドエクスペリエンスに適したサイズであるとともに、Sonos Aceの目玉機能であるアクティブ・ノイズキャンセリング(ANC)の性能確保に好適なのだそう。低域再生を重視するなら単純に大口径のほうが有利ですが、敢えてそうせずANCとのバランスを考慮するところがエンジニアリングの妙です。
- 40mmダイナミック・ドライバーの振動板にはTPUを同じ高機能樹脂であるPEEKで挟み込む3層ラミネート構造を採用するこだわりぶり。またドライバーユニットは2重構造とするのではなく、リアキャビティにそのまま取り付けられており、通気口となるベントで調整する手法を採用しています。それはつまり、イヤーカップのサイズも音響的に熟慮された結果というわけです。
クリエーターが音を監修
サウンドチューニングの思想についても、話を振ってみました。実機を試聴した限りでは、フラット傾向で特定の帯域を過度に持ち上げていない印象を受けますが、どのような考えのもと彼らなりの音づくりを進めたのでしょうか?
フレーザー氏の回答は明瞭で、「コンテンツ制作者の意図を尊重する。重要な部分を強調しすぎない、自然でバランスの取れた誠実なサウンドを提供すること」がサウンドチューニングの目標だったといいます。Olive-Weltiカーブの調査も大いに参考になったそうですが、音楽界や映画界のクリエーターと緊密に連携し意見を募ったことが、音づくりにおいて大きな役割を果たしたのだそうです。
実際、Sonosはスピーカーだけではなくヘッドホンも「Soundboard」と呼ぶサウンドクリエーター集団と連携して音質を決めています。Sonos Aceもそのリーダーである、イギリスの音楽プロデューサーのジャイルズ・マーティンや、カニエ・ウェストの音楽プロデューサーとしても知られるノア・ゴールドスタインなど、幅広い音楽制作者の声を聞いて音質をチューニング。自然でバランスがとれており、原音を真摯に再生できるように調整しているそうです。
細部まで丁寧に設計したから超強力な消音性能を実現した
ANCについても訊いてみました。しばらく実機を試用して実感しましたが、Sonos AceのANCはかなり強力、耳障りなジェット機のエンジン音も気にならないレベルに低減してくれます。意外ですが、強力なANC性能の秘密は専用チップではなく、入念な設計とチューニングにあるといいます。Sonos Aceには外部に3個、内部に1個、左右合わせて8個のマイクを内蔵していますが、外音取り込み時に8個のマイクすべて使用し、ノイズキャンセリング時は6個のマイクを使用する仕組みです。ボイスピックアップ性能も高いですが、ヘッドホン下に内蔵する2個のマイクと右耳の内側のマイクを使っているこだわりぶりです。またこのマイクの位置も厳密に調整されており、最適な消音効果などが得られるようにイヤーカップも含めて設計したといいます。慎重に設計された音響構造とマイクの適切な配置、そして綿密なチューニングにより、インパクトのあるANC性能を実現しているのです。
ほかにも、フレーザー氏はSonos Aceに関するあれこれを教えてくれました。タッチセンサーではなく物理ボタンを採用したのは簡単で記憶に残るコントロール方法を提供するためといったことや、イヤークッションはPUレザー製で指紋をつきにくくするコーティングを施して汚れを拭き取りやすくしていること、サウンドバーのテレビ音声はWi-FiでSonos Aceへストリーミングされるなど、まだ隠し玉はありそうです。
また、今後「True Cinema」という、もうひとつのサウンドバー連携機能も加わる予定です。人は視覚から得られる情報量が8割といわれていますが、部屋に入ると空間の広さや家具、形状などが無意識のうちに音響特性に影響を与えているといいます。それを「音響心理学フィンガープリント(psychoacoustic fingerprint)」と呼ぶそうですが、Sonosではそうした空間が与える影響を理解し、美しく調整された3Dオーディオ・システムのような音をヘッドホンで再生しよう、という機能がTrue Cinemaです。具体的にはSonosのサウンドバーを使って、部屋の音響特性を測定し、Sonos Aceのバイノーラル・レンダリングを適用してリアルな3D体験をもたらすものだという情報を得ました。体験できる機会が楽しみです。
音楽・映像作品を引き立てる低歪でフラット、王道の音
インタビュー項でも少し触れましたが、Sonos Aceのサウンドはフラット/ニュートラル志向で、特定の帯域への“過度な味付け”は感じません。では面白味がないかというとそうではなく、長時間聴いても疲れないためリスニングタイムが自然と延びます。美味というより「滋味」なのだ。
パット・メセニーの最新作『Moon Dial』は、特別なバリトンギターをオーバーダビングなしに収録しているため、ヘッドホンやスピーカーの癖がわかりやすいです。低域に妙な味付けを施したものは、ギター1本の演奏とは思えないアンバランスな印象となるため、もっぱらレファレンスとして使用しています。その点、Sonos Aceは優等生です。解像度が高く低音弦をフィンガーピックした余韻はスムーズに伸び、歪みっぽさを感じません。それでいて低音の量感があるため、バリトンギターらしさもしっかり再現します。密閉型のため、ハーモニクスや倍音成分の気持ちよさは開放型に譲りますが、軽い装着性も手伝い飽きがきません。
ANC有効時のサウンドは格別。音調が変化することなく、全体のS/Nが向上し楽器の細やかな表情が見えるようになります。ともに長く付き合える、そう思わせてくれるヘッドホンなのです。
SPEC
Sonos「Sonos Ace」
●通信方式:Bluetooth Ver.5.4 ●対応コーデック:SBC、AAC、aptX、aptX HD、aptX Adaptive、aptX Lossless ●連続再生時間:30時間(ANC ON時) ●質量:312g ●付属品:USB Type-C to 3.5mmヘッドホンケーブル、充電用ケーブル(USB Type-C to USB Type-C)、トラベルケース