強度がある状態でガラスを薄くする技術、それを精密に3D加工する技術。2つが融合することで、夢の超薄型ガラス振動板(UTG)が誕生しました。世界で初めて、有線イヤホンSIVGA「Que UTG」で、イヤホンにも実装されました。今後オーディオの世界を席巻するかもしれない、UTG振動板が奏でる音の魅力に海上忍氏が迫ります。
NEGとGAIT、2社が奏でるガラス協奏曲
振動板の素材といえば、樹脂などの化学/高分子系、チタンやベリリウムなどの金属系、パルプやカーボンなどの繊維系を思い浮かべますが、それらに分類されない新素材の研究開発に勤しむメーカーも少なくありません。しかし、人間の感覚が価値を決めるオーディオがターゲットなだけに、いくら特性・数字に優れていてもモノになるかどうかは別の話です。
そこに新星のごとく現れた「UTG(Ultra Thin Glass)振動板」。読んで字のごとく、ごく薄いガラスから生み出された振動板です。ガラス製振動板は過去にも存在しますが、日本電気硝子(以下、NEG)が製造した超薄板ガラスを台湾Glass Acoustic innovations(以下、GAIT)の特許技術によりドーム状に加工したUTG振動板は、まさに別次元の官能特性を獲得しています。
今回、筆者とプレミアムヘッドホンガイド編集部はNEGに取材を敢行し、UTG振動板に関するあれこれを訊きました。
その音は実際に聴いていただくしかありませんが、記事を一読いただければ試聴したくなること請け合いです。
質疑応答の前に、超薄板ガラスの基本情報とUTG振動板を支える技術についてかんたんに説明しておきます。
UTG振動板の基となる超薄板ガラス「Dinorex UTG」は、厚さ25〜200μm(マイクロメートル、1mm=1000μm)ほどです。著名な強化ガラスは最薄でも100μm程度、実際にスマートフォンで採用されているカバーガラスの厚みは500〜1000μmが一般的というから、まさに〝超薄い〟ガラスです。高剛性でありながらヤング率(弾性率)はPETなどプラスチック素材より格段に高く、そのうえ優れた過渡特性を示すというまさに画期的な素材です。
ガラスを使用した振動板は数十年前に存在し、スピーカーに採用された実例もありますが、このUTG振動板はまったくの別物といっていいでしょう。振動板のようにタフな用途に耐えるガラスは強化処理を要しますが、軟化直前まで再加熱した板ガラスを空気で急冷する(風冷強化)には板厚が3mm以上ないと難しく、冷ます過程で歪みを生じる恐れもあります。
UTG振動板に使われているDinorex UTGは、空気ではなく化学変化の力で強化処理を行います。ナトリウムイオン(Na+)を含んだガラスをカリウムイオン(K+)を含む硝酸カリウム溶液に浸すという化学処理を施すことで、表面を強化層に変化させているのです。窓板ガラスも同じアルカリガラスの一種ですが、UTGは化学強化特性に優れ、内部構造の自由度が高く大きな減衰(損失係数)を示すため振動板に適しています。
いきおいイヤホンのような小口径振動板においては化学強化一択となりますが、真っ平な板ガラスそのままではサウンドクオリティを確保できません。立体加工を施す必要がありますが、NEG単独では対応できず、オーディオメーカーに提案を試みるも採用には至らなかったといいます。その状況を変えたのが、「現在世界で唯一UTGをドーム状に3D加工できる企業」(萬氏)である台湾・GAIT社との提携というわけです。
つまり、UTG振動板はNEGの「強度がある状態でガラスを薄くする技術」と、GAITの「精密に3D加工する技術」が融合することで実現されています。どちらを欠いても成立しない、唯一無二の振動板なのです。
ガラス振動板(UTG)ドライバーはココがすごい!
紙と金属のいいとこ取り

ガラス振動板の特性は、大まかにいうと「紙と金属の中間」に近いです。伝達速度は紙より速いですが金属に劣り、ダンピングファクターは紙に及ばずとも金属より高く、重量は紙より重いけれど金属ほどではありません。既存の振動板素材と比べて突出している項目はないものの、デメリットになるほど劣る項目もなく、その意味ではバランスが取れています。緑茶やコーヒー、ウイスキーといった嗜好品は原材料をブレンドすることで格別な味わいを発揮しますが、ガラス振動板についても同じことがいえるのではないでしょうか。
音の伝達速度
音のスピード感に繋がります。ガラスはチタンやアルミより速く、紙素材と比較すると約1.8倍の速さです。

ダンピングファクター
音が立ち上がってから消えるまでの比率を示したものです。数値が高いほど余計な音の響きが少なくなります。

重量
軽量な素材ほど、音の反応が早くなります。この数字は紙を1.0とした時の比較です。ガラスはアルミよりも軽量です。

UTGの開発者に訊く「ガラスならではの音」とは?
いちオーディオファンとして気になるのは、やはりUTG振動板が奏でる「音」です。試聴レポートは後掲するとして、NEGがどのような意図で設計しているかは確認しておきたいものですが、最初にその特長を訊いてみると、すぐに「原音の再現性が極めて高く、正確で音の輪郭がクリアな、素材のクセのない音」(野田氏)という回答が返ってきました
次に開発段階で従来の振動板と比較して感じた違いについて訊いてみると、「金属系の振動板のように残響/固有音を感じさせず、紙など高減衰の振動板に比べると高音域にも強く、圧倒的な解像度の高さがある」(野田氏)といいます。開発当事者の発言として差し引いて考えねばならない部分はあるにせよ、「残響/固有音を感じさせない」ことと「圧倒的な解像度の高さ」という部分では納得してしまいます。
具体的にどのような音の表現・ニュアンスが巧みなのかについては、「従来の振動板ではバックグラウンドで他の音と混ざって埋もれていた音まで出てくるくらい明瞭」(野田氏)だといいます。振動のレスポンスが速い、立ち上がりが速い、立ち下がりもすごく速い、だから余計な音が出てこないという野田氏の感想も、UTG振動板イヤホンを聴いたことがある立場からすると大げさに聞こえないから不思議です。
そのように画期的な振動板を何故NEGが開発できたのかという問いに対しては、「そもそも超薄板ガラスを開発・生産できる企業は世界にほとんど存在しない」(萬氏)という回答がありました。NEGはディスプレイ用基板ガラスで世界シェア第2位、有機ELテレビ用に限定すれば世界シェアはほぼ100%という企業であり、その言葉には説得力があります。
音質面以外でのメリットについて訊ねてみると、振動板としてはベリリウムやダイヤモンドと同じ高付加価値素材としたうえで、ベリリウムは人体に有害で加工性に難があり、ダイヤモンドは大口径にすることが困難で加工コストはガラスの100倍以上、とガラスの優位性を説いてくれました。「一般の人の手の届く範囲の価格で良質な振動板を提供したい」(野田氏)という言葉には、イヤホン振動板の新時代を切り拓いていこうという力強さが感じられました。
オーディオ特性に優れた
超薄型の化学強化ガラス

超薄板ガラスを開発・生産できる企業は現在でも世界にほとんど存在しませんが、そのひとつが日本電気硝子(NEG)です。ガラス振動板に使われている素材UTG(Ultra Thin Glass)は、化学強化専用ガラスと呼ばれるアルカリ系の強化ガラスの一種です。ナトリウムイオン(Na+)を含んだガラスを、カリウムイオン(K+)を含む硝酸カリウム溶液に浸して化学的処理を施すことで、ガラスの表面を強化層に変化させています。従来のソーダガラス(窓板ガラス)もその一種ですが、日本電気硝子のUTGは化学強化特性に優れ、また内部の構造の自由度が高いため、オーディオ用途に優位となる大きな減衰(損失係数)を示します。ちなみにスマホのカバーガラスの厚みは0.5-0.6mmくらいのところ、NEGのガラスは200μm-25μmというから、まさに超薄型です。同じ化学強化ガラスの分野でガジェット界隈では認知度の高い「ゴリラガラス」よりもさらに薄いのだそうです。

レアメタルより低コストで
多彩な加工ニーズに対応できる

超薄板ガラスを振動板の形状に加工する技術は、台湾の企業GAITが世界で初めて実現しました。写真のとおり、すでに多彩な形状、コーティングなども可能だということなので、それぞれのオーディオメーカーが求める振動板にカスタマイズして提供することができるといいます。ダイヤモンドやベリリウムなどのレアメタルの加工コストは、ガラスの100倍にもなるケースもあります。一般ユーザーに手が届く範囲の価格で、高音質のイヤホンを提供する手段として、ガラス振動板(UTG)は今後も採用が進みそうです。
SIVGA「Que UTG」|濁りなくハイスピード。音の輪郭がクリアに届く
日本で初めて発売されたUTG振動板搭載イヤホンが、SIVGA「Que UTG」です。

UTGという新機軸の採用もさることながら、音質設計の追い込みも慎重になされており、VGP2025 SUMMER 金賞・コンセプト大賞の2冠に輝いたのは伊達ではありません。

- 厚さ50μmというNEGのガラス振動板(UTG)を世界で初めて採用しています。口径は10mm平面振動板形状としています。
UTG振動板の口径は10mm、イヤホンとしては標準的なサイズですが、音に関しては明らかに標準以上です。
シンバルアタックは速やかに収束し、音像ははっきりと見通しがいいです。トランジェント特性のよさが際立っており、ピアノもウッドベースもアコースティックギターも記憶にある生音に近いです。ガラスのように透明な…ということもなく、ジャズもヘヴィメタルもソツなくこなします。いい意味で「万能選手」、価格帯も相まって魅力的な製品に仕上がっています。
別の機会にGAITの加工でないUTG振動板イヤホン(試作品)を試聴したことがありますが、ダイナミックレンジは狭く躍動感に乏しい、まるで別な音でした。UTG振動板搭載をうたうイヤホン/ヘッドホンは今後増えることでしょうが、由緒正しい「NEG+GAIT」のものか慎重にチェックしてほしいです。


日本電気硝子株式会社 ディスプレイ事業部 品質保証部 製品技術グループ 超薄板ガラス技術開発担当の野田隆行氏(写真上)、ディスプレイ営業統括部 営業部 第二グループ 超薄板ガラス営業担当の萬 于如氏(写真下)に、オンライン会議でお話を伺うことができました。
SPEC

有線イヤホン
SIVGA Que UTG
価格オープン(実勢価格15,980円前後)
SPEC ●型式:ダイナミック型 ●ドライバー口径:10mm ●再生周波数特性:20〜20,000Hz ●インピーダンス:32Ω ●ケーブルの長さ:1.2m ●付属品:イヤーチップ(シリコン2種3サイズ)、3.5mmアンバランス/4.4mmバランス変換プラグ、キャリングケース

- バランス接続に対応し、2種イヤーチップやケースも付属するなど、同梱品も妥協なく、それでも値段は2万円以下です。ガラス振動板のコスパのよさが際立ちます。
